高安関の母親・ビビリタが出稼ぎで来日。子ども思いのめちゃ優しい素敵な女性だった!

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皆さんは高安関をご存知でしょうか?
過去に大関まで上り詰めた方です。


今回は度々応援に来ていらっしゃる高安関のフィリピン人であるお母様に焦点を当てていきます。

幼少期の高安と母親の思い出

高安関は、ややエキゾチックなお顔立ちですが、外国人力士ではありません。
1990年生まれで茨城県土浦市出身、田子ノ浦部屋の所属です。
お父さんは日本人の栄二さん、お母さんはフィリピン人のビビリタさんで、ハーフなのです。
ビビリタさんが来日したのは、おそらく今から30年以上前だと思いますが、当時はフィリピンから出稼ぎに来る方がとても多かった時代です。
日本で働いてフィリピンにいる家族に仕送りし、家が買えるほど稼げたら母国に帰るといった方が少なくありませんでした。
一方、フィリピン女性は勤勉で優しく、気立てが良いうえ、きれいな女性も多かったので、日本人男性と結婚して定住される方も多くいらっしゃいます。
ビビリタさんも、そんなお一人だったのかもしれません。
冒頭のお写真でも50代半ばですが、かなり若々しくきれいです。
歳の差にして12歳、一回り年上の栄二さんと結婚され、土浦市でかつて賑わった高架下の商店街である川口ショッピングモール505の2階で、フィリピン料理店を営まれていました。
川口ショッピングモールは土浦では最も賑わいのある繁華街にあり、高安関はこの界隈の子どもたちが通う、街中の小学校と中学校を卒業しています。
高安関は小学校から帰ってくると、川口ショッピングセンターモール505の前にある石窯パン工房千勝堂本店さんで毎日のようにカレーパンを買ってから、両親が営む2階の飲食店へと上がっていったと言います。
今はビビリタさんたちご夫婦はお店をやっていませんが、パン屋さんは今でも営業中です。
そんな幼少期の高安関とのご縁もあり、高安関が大関に昇進するなど良い成績をあげたときには、高安関が好きだたカレーパンを数量限定で5円の破格値で販売するなど、土浦出身の高安関を応援し、地元を盛り上げています。
店主によれば、小学生の時の高安関は目がくりくりしていて可愛かったとのことです。
ビビリタさんにとっても、目に入れても痛くないお子様だったようです。
ビビリタさん出身のフィリピンでは揚げパンや揚げ春巻き、揚げバナナなどの料理やピリ辛なソースを使った料理も多いので、カレーパンはお気に入りの日本の食べ物の一つではないでしょうか。
忙しくてなかなかかまってあげられない高安関に、ママのお気に入りのカレーパンを食べさせたら、とても気に入ってしまったのかもと推測します。

熱愛の噂と母親の存在

相撲はあまりわからない方も、元AKBの秋元才加さんと噂になった力士と言われると、なんとなく思い出しませんか。
結婚間近とか、秋元才加さんがいつか相撲部屋の女将さんになんて騒がれたものです。
今では高安関は細川たかしさんの愛弟子の杜このみさんと結婚されてお子さんもいますし、秋元才加さんも別の方と結婚されているので、まったくの誤報だったわけです。
どうしてそんな風に報道されたかといえば、お2人ともお父さんが日本人、お母さんがフィリピン人のハーフで、お母さん同士の繋がりがあって、自宅も比較的近かったことから、幼馴染として仲良くしていた時代があったと言います。
そんな2人が大人になって、それぞれ有名人になり、噂されてしまったのでした。
高安関は栄二さんビビリタさんの次男として、3,840gで生まれており、かなり大きなお子さんです。
幼稚園の頃からほかの子より頭一つ分大きかったそうですが、子どもの頃は目立たず、おとなしくてシャイだったそうです。
お2人は当時、茨城だけでなく、茨城、埼玉県も含め、最大で5店舗ものエスニック料理店を経営されていました。
そのため、とても多忙で、夜の営業を終えてビビリタさんが昼間に寝ていると、「遊ぼう」とお越しにやってきたり、店へ急いでいるのに「ママにあげるお花を探しているんだよ」と寄り道してしまったりと、甘えん坊でママ想いなマイペースなお子様だったようです。
幼いころから食欲は旺盛で、学校から帰るとビビリタさんにおやつをねだったと言います。
フィリピン流のビーフシチューやバナナ春巻き、レモンで酸味をつけたシニガンスープが大好物だそうですね。
ビビリタさんは相撲部屋に入門後も、高安関の大好きなフィリピン流のビーフシチューをたくさん作って差し入れすることや場所中にはほかの力士の分まで差し入れすると言いますから、息子想いでお優しいです。

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「春巻きは、髙安関のお母さんが手作りを送って下さりました春巻きとは言っても、日本でいうと焼売のような優しいお味でとても美味しいです!今度作り方を教えてもらおう!!」とのことで、ご結婚されてからも、高安関が子どもの頃から大好きだった春巻きを作って届けているとのことです。
杜このみさんとのご結婚やお孫さんの誕生もとても喜んでいましたから、高安関も親孝行ができて良かったと思います。

力士としての親孝行

高安関もビビリタさんに似て優しい性格ですが、なぜ力士になったのでしょうか。
幼少期にはピアノを習い、小学生からは野球をはじめ、野球選手になりたい夢もあったようです。
ですが、お父さんの勧めで中学校卒業後に千葉県松戸市にあった相撲部屋に入門します。
でも、辛いことも多かったらしく、何度も自転車で6時間もかけて、土浦の実家へと逃げ帰ってきたと言います。
お父さんとお母さんは辛い思いを押し殺して、高安関を車に押し込み、部屋に送り返していたのです。

そんな高安関も成長を遂げ、入門から10年以上、毎年、母の日にはビビリタさんに花束を贈り、誕生日にはプレゼントを届けてくれると言います。
2017年に大関昇進がかかった試合では、毎日のように観戦に行き、栄二さんの隣でビビリタさんが祈るように戦いを見守っていました。
横綱を下した瞬間、ビビリタさんは何度も拳を突き出し笑顔を見せていましたが、やがて感極まって涙を流します。
観戦後に栄二さんが運転する車に高安関が乗り込んだ時、後部座席からビビリタさんが高安関を思い切り抱きしめていた姿が印象に残っています。
高安関は「親孝行できる。喜んでもらえてうれしい」と喜びを語っていました。
大関昇進が確実となって千秋楽パーティーにビビリタさんが出席した際には、「ドキドキでした」と場所中の15日間を振り返り、これからも「ケガをしないように頑張れ」と優しい言葉を掛けていました。

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