宮沢りえのライバル!後藤久美子の若い頃の可愛さがレベル違い。

芸能
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宮沢りえさんといえば、日本のみならず世界にも通用する実力を誇る女優といっていいでしょう。
若くしてさまざまなドラマの主演を務め、人気女優にもかかわらずオールヌードの写真集を出すなど世間に衝撃を与えました。


80年代後半から90年代前半にかけて宮沢さんの存在感は圧倒的だったのですが、そんな彼女の友人にしてライバルだった女優がいたことを皆さんは知っているでしょうか。
後藤久美子さんこそその人です。

宮沢りえさんより先にブレイクした後藤久美子さん

後藤久美子さんは1974年生まれで、小学5年生の時に芸能デビューしました。
宮沢りえさんが1973年生まれで1985年にデビューしたので、後藤さんのほうが活躍は早かったと言えるでしょう。
そんな2人は、後藤さんが11歳の時、キットカットのCMで共演しています。
2人は当時から仲が良かったようで、お互いを良きライバルとしてみなしつつ切磋琢磨していたようです。
子どもの頃から後藤さんの容姿は抜きんでており、芸能界でも話題になっていました。
後藤さんが明石家さんまさんの番組のオーディションを受けた時、彼女の容姿を見たさんまさんが、きれいすぎて子どもらしくない、と驚いたそうです。
その後、後藤さんは1986年には早速ヒットドラマに出演し、ゴールデンアロー賞の新人賞を受賞します。
当時12歳だった後藤さんの容姿は話題になり、「国民的美少女」と呼ばれるようになりました。
翌年には彼女の愛称である「ゴクミ」が流行語大賞銅賞を受賞するくらい、社会現象になっていたのです。
加えて、美少女にもかかわらずあけすけに物を言う性格も人気の一つとなりました。
1987年には「ゴクミ語録」というエッセイと写真集を混ぜたような本を出版し、中学生らしからぬ言葉遣いが話題になります。

95年にテレビから姿を消した後藤久美子さん

その後、「男はつらいよ」や「シティハンター」といったヒット映画に出演した後藤さんは、容姿だけでなく女優としての実力にも優れていることを証明していきます。
20歳になったばかりなのにすでに大御所女優のような風格を身につけていた後藤さんでしたが、1995年を最後に突如テレビから姿を消していきました。
フランス人のF1レーサージャン・アレジさんとの交際を始めたのが原因です。
当時のアレジさんは妻子がある身で、離婚協議中だったところ後藤さんと出会いました。
F1レーサーとして現役で活躍しているアレジさんとの交際を続けようと思えば、当然彼を支えるためにフランスに渡らなければいけません。
となれば、日本での活動は制限されるでしょう。
やがて後藤さんは一つの決断を下します。
女優としてのキャリアをあきらめ、アレジさんの妻としてフランスに滞在することを決めたのです。
一応所属事務所には籍を置いていましたが、実質的な引退だったと言えるでしょう。

セレブな結婚生活を送る後藤久美子さん

アレジさんと事実婚した後藤さんは、彼との間に3人の子どもをもうけます。
長男は父親の跡を継いでF1レーサーになり、長女は母親の跡を継いで芸能界デビューしたことで話題になりました。
後藤さんは渡仏以来ほとんど日本に帰ったことはありませんが、日本のテレビが美貌を持つ彼女を放っておくはずもありません。
たびたび日本の番組は、かつてこんな女優がいた、ということで後藤さんを取材し、現在どうしているか、という動静を探ろうとしてきました。
そこで明らかになったのは、後藤さんがとてつもないセレブな暮らしをしているということです。
アレジさんは2001年に引退しますが、それまで400億円以上の資産を稼いでいました。
なので、後藤さんがわざわざ家事をする必要はなく、料理や掃除などといったことは家政婦に任せています。
そのかたわら、アレジさんとワインの生産も行っており、食事の際には収穫したワインを毎晩飲んでいるそうです。

後藤久美子さんは現在も宮沢りえさんとは仲良し

21歳の時芸能界から去った後藤さんではありますが、宮沢さんとの交流はその後も続いていたようです。
宮沢さん自身も度重なるスキャンダルのせいで心身ともに疲労し、90年代には実質芸能活動を休止していたことがありました。
かつて国民的な人気を誇りながら、マスコミからバッシングを受け、芸能界に嫌気がさした結果、海外に移住したという点で、2人には共通点があります。
なので、2人はライバルでありながら、お互いのことをよく理解できる間柄と言えるでしょう。
2015年には宮沢さんがロンドンで舞台公演をしたところ、後藤さんが観客として訪れたこともありました。
それを知った宮沢さんは後藤さんを楽屋に迎え入れハグしたというエピソードもあるのです。
宮沢さんは頻繁に後藤さんのことを話題に挙げており、日本アカデミー賞の司会を務めた際には新人賞を取った頃のエピソードも紹介しています。
1986年に日本アカデミー賞の新人賞を受賞した宮沢さんは、パーティーに出席するためのドレスを持っていませんでした。
なので、後藤さんとともに店を訪れドレスを選びに行ったそうです。

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